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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)1976号 判決 1978年9月07日

原告

浜松中央織物株式会社

被告

丸善商事株式会社

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、金六二九万二五七九円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

主文同旨

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四八年四月二四日午後四時三分頃

2  場所 徳島県麻植郡鴨島町本郷一六一番地の二先交差点

3  加害車 タンクローリー車(徳八す二、四三三号)

右運転者 被告三木

4  被害者 原告会社(以下、原告のことを原告会社という。)代表取締役冨田貞次郎

5  態様 右冨田が同乗して停車中の普通乗用車に、加害車が追突。

二  責任原因

1  被告丸善商事

(イ) 運行供用者責任(自賠法三条)(主位的)

被告丸善商事は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(ロ) 使用者責任(民法七一五条一項)(予備的)

被告丸善商事は、被告三木を雇用し、被告三木が被告丸善商事の事業を執行するについて加害車を運転中、前方不注視、脇見運転の過失により本件交通事故を発生させた。

2  被告三木(一般不法行為責任、民法七〇九条)

前方不注視、脇見運転の過失により本件交通事故を発生させた。

三  原告会社が損害賠償請求権を保有する理由

1  経済的同一体

原告会社は、別珍、コールテン等の原料を安く買入れておき、高くなつた時期に、右原料のまゝあるいは製品に加工した上で販売することを営業目的とする、資本金三千万円、従業員二五〇名程度の規模の会社であるが、右のような規模の大きさにも拘らず、前記代表取締役冨田貞次郎の個人会社といつて差し支えなく、したがつて、右冨田個人と原告会社とは、経済的には同一体であるといつて妨げない。というのは、原告会社の営業は、前記のとおり、繊維相場の動静を見て、買いに出たりあるいは売りに出たりするもので、極めて投機的要素が強く、その成否は、熟練した相場師の腕一つにかゝつているところ、原告会社の中で右相場を見極める力を持つているのは冨田一人であつて、しかも冨田は、実質上、原告会社の全株式を掌握し、経営も独断で遂行しており、他の取締役、監査役は単なる名目上の存在にすぎない。そのうえ、前記従業員中、二三〇名までは工員であつて、残り二〇名程度の事務員も全員平社員である。したがつて、原告会社は、いわば冨田のワンマン会社であつて、冨田以外は、冨田の命令どおり手足となつて働いているにすぎないというべきである。よつて、冨田個人と原告会社とは、経済的には同一体である。そうすると、原告会社には、冨田の負傷により利益を逸失したことに基づく損害の賠償を請求する権利がある。

2  債権侵害

仮にそうではなく、冨田個人と原告会社とが全く別個の存在であるとしても、冨田は、原告会社から委任を受けて、代表取締役の職務を行つていた、原告会社にとつてかけがえのない人物であり、換言すれば、原告会社は、冨田に対し委任契約上の債権を有していたものであるところ、被告三木は、冨田に傷害を与えて休職させ、よつて、被告らは、右債権を侵害するに至つたものであるから、原告会社には、前記損害の賠償を請求する権利がある。

3  予見可能性、相当因果関係

なお、道路通行者の中には、極めて重要な職務を行つている人もあり、万一これらの人に傷害を負わせた場合に、多額の損害を発生させるかもしれないことは、一般にあり得ることで、車両運行者として当然予見すべきことである。したがつて、被告らには、冨田が原告会社の代表取締役であつたことに対する予見可能性が存したものというべきである。また、被告らの加害行為と原告のこうむつた損害との間には、勿論、相当因果関係が存する。

四  損害

1  治療経過

冨田は、本件交通事故により、昭和四八年四月二六日から同年五月一日までの六日間、劉外科病院に入院した。

2  原告会社の具体的損害

原告会社は、冨田の右六日間の入院中、前記のような冨田の存在の欠如により、なんら積極的な活動に出ることができず、消極的に従前の契約を墨守して履行するにとゞまり、休業しているに等しかつた。そこで原告会社の具体的損害については、本件交通事故のあつた営業年度(昭和四八年度)およびそれにまたがる前後各一営業年度(同四七年度と同四九年度)、合計三営業年度における原告会社の売上利益の一営業年度分の平均について、右六日間分の逸失利益を算定すればよい。なお、原告会社においては、本件交通事故直後の昭和四八年五月分の仕入、および同年六月分の売上がいずれも急落しているが、右の点からみても、冨田の入院(同年四月二六日から同年五月一日まで)により原告会社が利益を逸失するに至つたことは、明らかである。さてその金額は、次の算式により、金六二九万二、五七九円となる。

算式

(売上利益の平均)

<省略>

(六日間分の逸失利益)

382,798,584×6/365=6,292,579(円)

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

第三請求原因に対する認否(被告両名)

請求原因一の事実は全部認める。

同二、1、(イ)の事実は認め、同二、1、(ロ)、同二、2の各事実は否認する。

同三の事実はすべて否認する。(弁論の全趣旨により否認しているものと解される。)

同四、1の事実は認め、同四、2の事実は不知である。

第四証拠〔略〕

理由

一  原告会社の主張によれば、原告会社は、本件交通事故による直接の被害者ではなく、直接の被害者である原告会社代表取締役冨田貞次郎が受傷してその職務に支障をきたした結果原告会社の利益を逸失し損害をこうむるに至つたという意味での間接の被害者にすぎないことが明らかである。

然るに、原告会社は、右の間接の被害者であることを前提としつゝ、さらに進んで、第一次的に、冨田個人と原告会社とは経済的には同一体であるとの理由で、第二次的に、仮に両者が全く別個の存在であるとしても、被告らは、原告会社の冨田に対する委任契約上の債権を侵害したものであるとの理由で、被告らに対し損害賠償請求権を有する旨主張する。そこで最初に、この点について検討する。

二  経済的同一体か否かについて

「原告会社が、法人とは名ばかりの、俗にいう個人会社であり、その実権が代表取締役冨田貞次郎個人に集中して、冨田に原告会社の機関としての代替性がなく、経済的に冨田と原告会社とが一体をなす関係にあるものと認められる場合には、原告会社は、冨田の負傷により利益を逸失したことによる損害の賠償を請求することができる。」というべきである。

ところで、原告会社代表者冨田貞次郎本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一三、第一四、第一六号証、成立に争いのない乙第二号証(但し、後記採用しない部分を除く。)、証人百鬼末太郎の証言(但し、後記措信しない部分を除く。)、原告会社代表者冨田貞次郎本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)および弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

すなわち、原告会社の営業の中心は、別珍、コールテンの原料を、安い時期に仕入れて、布または製品にし、高い時期に売却することであるが、右の売買にとつて重要なことは、相馬の動静を観察して売買の決断をすることおよび売却時の値段を決定することである。原告会社においては、代表取締役冨田が、自ら入手して来た情報や原告会社の営業担当者が収集して来た情報を総合考慮して、重要な売買の決断やその売値の決定を行つていた。なお、冨田は、業界では名のとおつた相場師であつて、原告会社の他の者が、右の決断や決定を代替することはできなかつた。また、冨田は、原告会社の全株式の六〇%を所有して、その実権を掌握していた。

しかしながら、原告会社の規模をみると、資本金が三〇〇〇万円、本件交通事故のあつた営業年度(昭和四八年四月一日より同四九年三月三一日まで)における売上高が五四億円台、同年度における税引後当期利益が約四五六四万円であり、また、別珍、コールテンの原料の買付高においては、原告会社は我が国におけるそれの一五ないし二〇%を占め、別珍、コールテンの原料購入についての我が国における唯一の大手会社にあたり、さらに、右の別珍、コールテンの布や製品の売却先も国内においては一流大手商社(三井物産、丸紅、日商岩井、日綿実業、トーメン等)に、輸出においては北米、カナダ、西独、香港、オーストラリア等に向けられており、また、役員としては、冨田以外に取締役三人(内、実兄の冨田良男が経理の責任者、一人が営業の責任者、一人が在庫の責任者)、監査役一人が、従業員としては、所有の工場に工員二三〇名位、右工場における事務員一五名位、本社における事務員二五名が各存在し、別珍、コールテンの常時の在庫量も約一〇〇〇万ヤールに達し、他にさらに子会社を擁していたもので、相当程度の大きさであつた。のみならず、原告会社は、代表取締役冨田の、本件交通事故に基く昭和四八年四月二六日から同年五月一日までの入院期間(但し、この点は当事者間に争いがない。)中にも、本件交通事故以前に取引先との間で契約内容について下話ができていたものについては、正規の契約を成立させたり、あるいは、右以前に原告会社より既に発注していたものについては、発注先より納入を受けたりしており、さらに、他の取締役らは、冨田の故障に関係なく、事務員等を指揮統轄して、既に決定済の業務や日常業務(常務)を執行し、工場も稼働させていた。ところで、原告会社の売上高の推移を長期的(巨視的)に観察してみると、

昭和四七年四月一日から同四八年三月三一日まで(本件交通事故のあつた年より一つ前の営業年度)―五七億円台

昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日まで(前記のとおり、本件交通事故のあつた営業年度)―前記のとおり、五四億円台

であつて、微減はしているものの、それほど冨田の前記故障による影響は感ぜられず、また、原告会社の本件交通事故のあつた営業年度における売上高および仕入高の推移を短期的(微視的)に観察してみると、別表のとおりであつて、売上高の落ち込みは、夏休みに相当する八、九月、正月休みに相当する一月以外にも、一〇月と一一月に顕著であり、これらの月の売上高は、いずれも、冨田の入院していた四、五月、あるいは退院直後の六月の金額より下回つている。仕入高についても同じような現象をみることができるのであつて、一一月と二月の急落は、冨田の入院していた五月の落ち込みより大きく、冨田入院中の四月、退院直後の六月には、なんらの落ち込みもみられない。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する乙第二号証の一部および甲第二二号証は、前掲証拠と対比し採用せず、また右認定に反する証人百鬼末太郎の証言の一部および原告会社代表者冨田貞次郎本人尋問の結果の一部も、前掲証拠と対比し措信しない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実によつて考えると、原告会社における実権は、相当程度、代表取締役の冨田個人に集中していたもの、また、相場を観察した上で前記売買の決断や売値の決定を行うという一面においては、冨田に原告会社の機関としての代替性が存しなかつたもの、と判断して差し支えない。しかしながら、右認定事実によつては、「法人とは名ばかりの、俗にいう個人会社であつた」ものと目することは著しく困難であるのみならず、既定ないし仕掛中の業務や常務の執行面、工場の稼働、操業面においては、冨田以外の取締役によつて、十分にその職務を代替することができたものと判断することができるのであつて、右判断に、前記認定中の、冨田の故障時期と売上高や仕入高の落ち込みの時期とが全く乖離している事実を付加して総合勘案してみると、結局、本件の場合に、冨田と原告会社とが経済的に一体をなす関係にあつたものと結論付けてしまうことには、躊躇を感ぜさるを得ない。

以上の次第で、原告会社の、経済的同一体を根拠とする、損害賠償請求権保有の主張は、理由がない。

三  債権侵害について

成立に争いのない甲第一一号証の一、同証により真正に成立したものと認められる同第一号証の二を総合すると、被告三木は、前方不注視の過失により、加害車を冨田同乗の普通乗用車に追突させたことを認めることができ、これに反する証拠はない。なお、本件交通事故が世間一般のそれとは異つた、特段の事情の付帯する交通事故であることを認めるに足る証拠は、存しない。

そこで、右認定事実のもとに考えると、右事実をもつては、被告三木が、本件交通事故当時、原告会社の冨田に対する委任契約上の債権(職務執行請求権)の存在を予見していたことあるいは予見可能性を有していたことを推認することは著しく困難である。すなわち、被告三木には、右の債権を侵害することにつき、故意過失が存しなかつたものというほかない。したがつて、被告らによる原告会社に対する不法行為は成立しない。(なお、自賠法三条は、右のような債権侵害の場合には、その適用を排除されるものと考えるので、被告丸善商事が右法条により問責されることは、あり得ないことになる。)

以上の次第で、原告会社の、債権侵害を根拠とする、損害賠償請求権保有の主張も、理由がない。

四  因に、間接の被害者に相当する原告会社に対して損害賠償請求権を付与すべきか否かを、単に、損害賠償の「範囲」の問題として把え、専ら、冨田の受傷と原告会社の損害との間に、相当因果関係が存するか否かを探求すれば足りるとする見解(単純な相当因果関係説ともいうべきもの。)も存し、原告会社が、右の見解を独立に(第三次的に)主張しているかのようにも見えないではないが、仮にそうであるとしても、右見解は、当裁判所の採用しないところである。(請求主体を拡張するためには、単なる相当因果関係の存否を探求するだけでは、不十分であると考える。)

五  よつて、原告会社の本訴請求は、その余の点に触れるまでもなく、理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳澤昇)

(別表) (昭和四八年四月から同四九年三月までの推移)

<省略>

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